Rust言語で始める組み込み開発:メモリ安全で高速な次世代ファームウェア開発のすすめ

投稿者: | 2025年9月7日

組み込み開発の世界に革命が起きています。長年C/C++が支配してきたこの分野に、メモリ安全性とパフォーマンスを両立する新たな言語「Rust」が登場し、多くの開発者から注目を集めています。本記事では、なぜ今Rustが組み込み開発で選ばれているのか、そして実際にどのように始めればよいのかを詳しく解説していきます。

なぜ今、組み込み開発でRustなのか?

従来のC/C++開発の課題

組み込み開発では長らくC/C++が使われてきましたが、以下のような課題がありました:

メモリ管理の複雑さ

  • バッファオーバーフロー
  • メモリリーク
  • ダングリングポインタ
  • データ競合状態

デバッグの困難さ

  • ランタイムエラーの発見が困難
  • リソース制約下でのデバッグツール制限
  • 再現困難なバグの存在

Rustが解決する問題

1. メモリ安全性の保証 Rustの所有権システムにより、コンパイル時にメモリ関連のエラーを検出できます。これにより、システムクラッシュやセキュリティホールを事前に防げます。

2. ゼロコスト抽象化 高レベルな記述でありながら、C言語と同等のパフォーマンスを実現します。

3. 優れたツールチェーン Cargoパッケージマネージャーにより、依存関係の管理やビルドプロセスが簡素化されます。

4. 並行プログラミングの安全性 データ競合を言語レベルで防止し、マルチコア対応が安全に行えます。

Rustでの組み込み開発環境構築

必要なツールのインストール

# Rustのインストール(rustupを使用)
curl --proto '=https' --tlsv1.2 -sSf https://sh.rustup.rs | sh

# 組み込み開発用ツールチェーンの追加
rustup target add thumbv7em-none-eabihf  # Cortex-M4向け
rustup target add thumbv6m-none-eabi     # Cortex-M0向け

# デバッグ用ツールのインストール
cargo install cargo-binutils
cargo install probe-run

開発環境の設定

# Cargo.toml

[package]

name = “rust-embedded-example” version = “0.1.0” edition = “2021”

[dependencies]

cortex-m = “0.7” cortex-m-rt = “0.7” panic-halt = “0.2”

[dependencies.stm32f4xx-hal]

version = “0.19” features = [“rt”, “stm32f401”] [[bin]] name = “main” path = “src/main.rs”

実際のコード例:LED点滅プログラム

従来のC言語での実装と比較して、Rustでの組み込みプログラミングがいかに安全で読みやすいかを見てみましょう。

C言語での実装例

#include "stm32f4xx.h"

void delay(uint32_t time) {
    for(uint32_t i = 0; i < time; i++) {
        for(uint32_t j = 0; j < 1000; j++) {
            __NOP();
        }
    }
}

int main(void) {
    // GPIOクロック有効化
    RCC->AHB1ENR |= RCC_AHB1ENR_GPIOAEN;
    
    // PA5を出力モードに設定
    GPIOA->MODER |= GPIO_MODER_MODE5_0;
    GPIOA->MODER &= ~GPIO_MODER_MODE5_1;
    
    while(1) {
        GPIOA->ODR |= GPIO_ODR_OD5;   // LED点灯
        delay(500);
        GPIOA->ODR &= ~GPIO_ODR_OD5;  // LED消灯
        delay(500);
    }
}

Rustでの実装例

#![no_std]
#![no_main]

use panic_halt as _;
use cortex_m_rt::entry;
use stm32f4xx_hal::{
    delay::Delay,
    gpio::{Output, Pin, PA5},
    pac,
    prelude::*,
};

#[entry]
fn main() -> ! {
    let dp = pac::Peripherals::take().unwrap();
    let cp = cortex_m::Peripherals::take().unwrap();
    
    let rcc = dp.RCC.constrain();
    let clocks = rcc.cfgr.freeze();
    
    let gpioa = dp.GPIOA.split();
    let mut led = gpioa.pa5.into_push_pull_output();
    
    let mut delay = Delay::new(cp.SYST, &clocks);
    
    loop {
        led.set_high();
        delay.delay_ms(500_u32);
        led.set_low();
        delay.delay_ms(500_u32);
    }
}

Rustコードの利点

型安全性

Rustのコードでは、LEDの状態やピンの設定が型レベルで保証されています。間違ったピンに対する操作はコンパイルエラーとなり、実行前に問題を発見できます。

リソース管理

take()メソッドにより、ペリフェラルの重複使用が防止されます。これにより、複数の箇所で同じハードウェアリソースを誤って操作することがありません。

エラーハンドリング

unwrap()Result型により、エラーの可能性を明示的に扱う必要があり、見落としがちな異常系処理を強制的に考慮させます。

パフォーマンス比較

実際のベンチマーク結果を見ると、Rustは以下の特性を示します:

実行速度: C言語と同等またはそれ以上 メモリ使用量: 最適化により同程度またはより効率的 コードサイズ: LTOとoptレベル最適化で競合

# 最適化ビルドの例
cargo build --release
# さらなる最適化
cargo build --release --config 'profile.release.lto=true'

Rust組み込み開発のエコシステム

主要なクレート(ライブラリ)

HAL(Hardware Abstraction Layer)クレート

  • stm32f4xx-hal: STM32F4シリーズ用
  • rp-hal: Raspberry Pi Pico用
  • esp32-hal: ESP32用

プロトコル実装

  • embedded-hal: 共通インターフェース定義
  • nb: ノンブロッキングAPI
  • embedded-storage: フラッシュメモリ抽象化

通信プロトコル

  • embedded-can: CANプロトコル
  • radio: 無線通信抽象化
  • usb-device: USB機能実装

デバッグとプロファイリング

# GDBを使用したデバッグ
cargo embed --chip STM32F401CCUx

# RTTログ出力
cargo install probe-run
probe-run --chip STM32F401CCUx target/thumbv7em-none-eabihf/debug/main

実践的なプロジェクト例:温度センサーシステム

より複雑な例として、I2C温度センサーを使用したシステムを構築してみましょう。

use stm32f4xx_hal::{
    i2c::I2c,
    pac::I2C1,
    gpio::{Alternate, Pin, PB6, PB7},
};

type I2cType = I2c<I2C1, (Pin<PB6, Alternate<4>>, Pin<PB7, Alternate<4>>)>;

struct TemperatureSensor {
    i2c: I2cType,
    address: u8,
}

impl TemperatureSensor {
    fn new(i2c: I2cType) -> Self {
        Self {
            i2c,
            address: 0x48, // LM75のI2Cアドレス
        }
    }
    
    fn read_temperature(&mut self) -> Result<f32, ()> {
        let mut buffer = [0u8; 2];
        self.i2c.read(self.address, &mut buffer).map_err(|_| ())?;
        
        let raw_temp = u16::from_be_bytes(buffer) >> 5;
        let temperature = (raw_temp as f32) * 0.125;
        
        Ok(temperature)
    }
}

Rustの学習リソースと推奨手順

学習ステップ

Phase 1: Rust言語基礎

  1. The Rust Programming Language(公式書籍)
  2. Rustlings(実践的演習)
  3. 所有権とライフタイムの理解

Phase 2: 組み込み特化学習

  1. The Embedded Rust Book
  2. Discovery Book(STM32F3DISCOVERY使用)
  3. Real Time For the Masses(RTFM/RTIC)

Phase 3: 実践プロジェクト

  1. 基本的なLED制御
  2. センサーデータ読み取り
  3. 通信プロトコル実装
  4. リアルタイムシステム構築

推奨開発ボード

初心者向け

  • STM32F3DISCOVERY: 公式教材対応
  • BBC micro:bit v2: 簡単なプロジェクトに最適

中級者向け

  • STM32 Nucleo series: 豊富なペリフェラル
  • ESP32-C3: WiFi/Bluetooth内蔵、Rust公式サポート

上級者向け

  • Raspberry Pi Pico: RP2040マイコン、コスパ良好
  • Nordic nRF52840: BLE機能、低消費電力

産業での採用事例とトレンド

多くの企業がRustを組み込み開発に採用し始めています:

Microsoft: Azure IoTエッジデバイス Dropbox: ストレージシステムの一部 1Password: セキュリティ重視のアプリケーション Arm: Arm社自体がRustサポートを推進

特に、安全性が重要な分野(自動車、医療機器、航空宇宙)でのRust採用が加速しています。

C/C++からRustへの移行戦略

段階的移行アプローチ

Step 1: 新規コンポーネントをRustで実装 既存システムに影響を与えず、Rustの利点を実感できます。

Step 2: 重要度の低いモジュールを移植 リスクを最小化しながら移行経験を積めます。

Step 3: 段階的にコアモジュールを移行 十分な経験を積んだ後、重要な部分を移行します。

相互運用性の確保

// Cとの相互運用例
#[no_mangle]
pub extern "C" fn rust_function(x: i32) -> i32 {
    x * 2
}

extern "C" {
    fn c_function(x: i32) -> i32;
}

fn call_c_from_rust() {
    unsafe {
        let result = c_function(42);
        // 結果を使用
    }
}

まとめと今後の展望

Rustは組み込み開発において、従来のC/C++が抱えていた課題を解決する有力な選択肢となっています。メモリ安全性、並行プログラミングの安全性、優れたツールチェーンにより、開発効率と製品品質の両方を向上させることができます。

特に以下の分野でRustの採用が加速すると予想されます:

  • IoTデバイス: セキュリティ要求の高まり
  • 自動車産業: 機能安全規格への対応
  • 産業機器: 長期安定性の要求
  • 医療機器: 厳格な品質基準

Rustでの組み込み開発は、まだ比較的新しい分野ですが、コミュニティの活発な開発とツールの充実により、実用レベルに達しています。今こそ、次世代の組み込み開発手法としてRustを学び始める絶好のタイミングです。

まずは小さなプロジェクトから始めて、Rustの持つ可能性を実感してみることをお勧めします。安全で高速、そして保守性の高い組み込みシステムの開発という新しい世界が、あなたを待っています。


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